私塾「花草舎 KaSoSha」

花草舎はともに学びながら成長するコンサル的私塾です。政治・金融・医療から起業に至るまで幅広いビジネス分野を対象にしています。

ビジネス編:商品作りの考え方(1)

私塾「花草舎」塾頭の九兵衛です。

 

衆院選で政治ネタが続いたのでビジネスの話に戻します。

前回は、目標としての「成功を自分なりに定義する」ことの大切さを書きました。

今回は、「商品づくりの話」です。

前ぶりとして、ちょっと上場企業の時価総額を比較してみましょう。

Apple  2.43兆ドル

Microsoft 2.33兆ドル

Google  1.85兆ドル

Amazon 1.71兆ドル

Facebook 0.89兆ドル

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トヨタ   32.7兆円

ソニーG 16.5兆円

キーエンス 16兆円

任天堂 6.3兆円

ソフトバンク 7.4兆円 + 関連企業 15兆円

 

90年代後半に株式交換方式のM&Aが解禁されてから、時価総額の大きさは「キャッシュがいらない買う力」となりました。今やM&Aは当たり前とも言える時代です。

私はこの時価総額を目を凝らしてじっと見ていると「M&Aで拡大していく安易な拡大路線はあまり評価されない」「コツコツと本業のものづくりにこだわり続ける企業を市場は評価している」。そう言うふうに見えてしまいます。

 

素人がそんなことを言って、と思われるかもしれません。しかし、私はすでに引退していますが素人ではありません。証券アナリストの資格を30年近く保有し、現役時代は数十人のファンドマネージャーたちと数十人のエコノミスト・アナリスト部隊を統率し、兆円単位の機関投資家資金を運用しておりました。

 

話を戻すとAppleは80年代から狂気じみた製品開発を、Amazonはひたすら検索型ECを、トヨタはひたすら生産技術を、キーエンスはひたすら制御技術を、任天堂はひたすらスーパーマリオを、こだわり続けた職人集団です。その商品作りは徹底しています

 

一方で、GoogleFacebookソフトバンクと言った企業はM&Aが中心というイメージがつきまといます。特に、ソフトバンクは常に変化してきて「何屋さんなの?」というイメージがあります。孫正義氏はカリフォルニアの大学生時代に電子翻訳機を開発した天才でした。それをシャープに販売して事業資金を作ります。その後は、ソフトの仕入れ販売をしていましたが、野村證券で担当者だった北尾氏とコンビを組んで、90年代前半に米国の半導体メーカーを買収します。その後、買収で拡大を重ね2000年代に自分よりも大きいボーダフォンを買収して携帯電話事業に参入します。

 

決して買収戦略を批判するものではなく合理的でもあるのですが、「そんなものを真似しても、一般の多くの人たちには何の役にも立たない」ので花草舎では取り上げません。

 

花草舎では「ゼロから考える商品作り」を学んでいきます。

 

塾頭 九兵衛

 

 

 

 

小さいことを見逃さない政治と行政が必要

私塾「花草舎」塾頭の九兵衛です。

 

1000-2000万人の小規模企業や中小企業の従事者世帯の有権者が1.5人世帯とすると浮動票は日本を左右する有権者層です。

政府の中小企業や小規模企業への政策対応はおざなりです。経産省傘下の中小企業庁と商工会議所連携くらいですね。大企業は国があまり口出しする必要もないので、経産省は中小企業・小規模企業が本筋で、大企業庁を傘下に持つ方が正しいと思えます。

 

「規模で判断をすると大きな間違いを生む」ということを理解していないのは現状認識が甘いと言わざるを得ません。

特に、小規模企業の実態はというと。

  • 大企業の優秀な若手人材がスピンアウトして独立する
  • 大企業の幹部職だったシニア人材が老年起業する
  • 海外留学や外資系企業で腕を磨いた人材が起業する

などが、どんどん増えています。つまり、思考能力や判断能力が高く問題意識のある層なのです。

彼らは起業するといろいろな場面で制度の不都合を発見します。

  • 社保から国保に切り替えて分かった医療保険制度の不都合
  • 飲食店を開業して分かった飲食業免許の不都合
  • 申請して分かった国や地方自治体の補助金制度の不都合
  • あらゆる場面で経営効率の生産性を阻害する行政手続きの不都合

などなど。

このような問題意識の中で、「一律10万円の給付金を」「子育て支援金を」というような野党連合の政策が「子供じみて馬鹿げている。他にやるべき事があるだろう」という不満と不信感につながります。

そもそも「自分たちは野党だから」連携すべきだ、「野党だから」与党を追求すべきだ。という発想の根本が敗因です。なぜならば「自分たちが野党だと認めてしまっている」からです。つまり、政策や政党綱領に自信がないことの裏返しです。

 

話を元に戻すと、「意識が高く知見も豊富な小規模企業の浮動票」はますます数を増やして行きます。小さい変化でも、振り返れば大きくなるのもあっという間だったね。そう言うことはあるわけです。

塾頭もいくつも経験していますが、そのうちのひとつが今流行りのSDGsです。

2000年に社会的責任投資(SRI)ファンドを作りました。私は機関投資家の責任者として兆円単位の資金を運用していました。大規模資金の投資は単なる利益追求だけではなく、社会の好循環を生む呼び水である必要がある。これがそもそも考え方です。聞いたこともないようなファンドの考え方ですが、積極的に賛同してくれたのが当時、日立キャピタルの社長をしておられた花房正義さんでした。企業側として社会的責任を果たす動きが必要と判断し、CSR(企業の社会的責任)を推奨され、上場企業に続々とCSR部門が誕生しました。その流れは10年後にはCSV(企業だけが果たす対立関係ではなく、生態系として共創していく)という考え方に変化します。これらの動きを最初から注目し、各国が政策目標とできるようレベルを引き上げようと動いたのが国連です。国連が推奨するSDGsにはこのような経緯があります。もっとも、私がすべてのきっかけを作ったわけではなく、英国や米国などの機関投資家ファンドマネージャー同士の協調がベースにありました。

 

このように、「小さい規模や小さい変化を馬鹿にするのではなく、そこにこそ未来へのヒント」があることを今の政治家や行政は注目しなければなりません

 

 

 

衆院選の評価は総数よりも変化数で

私塾「花草舎」塾頭の九兵衛です。

 

衆議院選挙が昨日終わりました。ちょっと分析してみましょう。

有権者数:1億562万人

投票者数:   5907万人(55.93%) (前回比+237.6万人、2.25%増)

コロナ環境下で問題意識を持った有権者が237万人も増えました。

ちょっと古い2006年の数字ですが、

企業数:421万社、従業者数4013万人。65歳以上人口3640万人ですから、ざっと。

学生27%、ワーカー38%、高齢者35%ということになります。

高齢者はまめに選挙で投票する習性があるので3000万人程度はいるのではないでしょうか?仮に学生3人に1人で1000万人、ワーカーは2人に1人で2000万人。

大雑把に言えば、こんな構図なのだろうと思います。

政治に関心を持っていい筈のワーカーを見てみます。上記の会社数と従業者数のうちで。

大企業  :     1.2万社・1229万人

中小企業 :  53.5万社・1855万人

小規模企業:366.3万社・929万人

こんな感じの構造です。

大企業は経団連経済同友会など、また農業従事者186万人、医師会17万人、教職員109万人を含めた利益団体は自民党と考えて良いです。

中小企業は商工会議所125万の会員で、従業者数は不明です。

こうやってみると、

ワーカーの半分の無投票数は、小規模企業の従業員世帯1000万人以上を中心に、商工会議所の活動に熱心ではない中小企業の従業員世帯が「選挙への関心に濃淡がある層」だと思えてきます。

今回投票者数が増えたのはこれらのうちの237万人ということになるのでしょう。

小規模企業が多いのは建設・不動産・製造・飲食・娯楽・ITソフトウェア・その他サービスなどです。

 

これらの業種規模の有権者が関心を持ったのに、「選択すべき政党がなかった」といのが大方の感想ではないでしょうか?中小企業や小規模企業はどの政党にも属さない大量の浮動票です。

 

改革路線の河野太郎氏が首相であれば自民党霞ヶ関・麻生阿部連合の岸田首相には失望。かと言って、野党協調というのは意味不明。結局、対立政党らしい維新に票が向かった。そう言う人が多いような気がします。

 

「とにかく今の自民党にはいれたくない、しかし野党もだらしない。だから維新」そういう選択。

「今の自民党にはいれたくないけれど、野党にも選ぶべきところがない。だから、仕方なく自民」そういう選択。

迷った浮動票がどちらにも消極的に流れ込んだ、というのが実情でしょう。

 

これはマスコミに誘導的な表現を許してしまいます。

自民党勝利!安定多数を獲得!」と書くか、

自民党敗北!安定多数を確保するも大きく後退!」と書くかです。

 

私は、岩盤のような自民党の支持層は利益集団で固まっているので、総数ベースでみても意味がないと思っています。新規増の投票者が増える中で、躍進した維新に目を配るべきでしょうし、最後に伸びた自民党票も磐石ではないと考えるべきです。

総数ベースではなく、変化数が重要です。これについてはまた、折に触れて取り上げます。2022年7月末までには参議院通常選挙があり、半数の参議院議員が改選となります。今回の変化がどう繋がっていくか、見守りましょう。

 

塾頭 九兵衛

 

 

 

 

 

 

成功のために:成功の定義

私塾「花草舎」塾頭の九兵衛です。

 

今回は花草舎のポリシーについて書きます。

花草舎は共に学び人生や社業の成功を支援することが目的です。

でも、そのアプローチは「一律のフォーマット型ではない」ことが特徴です。むしろ、原理原則をしっかり身につけてもらいたいと考えています。

なぜならば「成功の定義は人によって異なる」からです。

 

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ここでは3つのパターンの「成功の定義」を例示しました。

 

成功 1:このパターンは最近多いですし、流行りの感があります。インスタ映えする商品を創り、TwitterなどのSNSで拡散し、見込み客(リード)には数回のステップメールで購買(コンバージョン)を獲得する。マーケティングサイエンスに基づいた今の一般的な手法です。別に問題はありません。実に合理的です。ただ、みんなが同じことをし出すと当然のその効果は埋もれて希薄化していきます。TVで流行ったスイーツやフードの一体いくつが埋没してして行ったのでしょうか?

成功 2:このパターンは成功までの道のりが大変です。何しろゼロから価値あるものを生み出すのですから。しかし、確実なステップを踏める方法です。しかし、ひょっとしたら何世代にもわたるかもしれません。

成功 3:政治家のパターンです。政治を派閥や利益関係者との数の論理と割り切る政治家は数多いです。自分が実力をつけたら正しい政治をと自らに言い訳しているケースも少なくありません。そういう人たちでも大臣や首相の椅子に座ることができる確率は低くいずれ忘れ去られていまします。成功の目標としての「後世に残る」には程遠いことになってしまいます。

 

ここでの例示は、良し悪しを論じてはいません。人それぞれ成功の定義は自由です。しかし確実に言えることは、「成功の定義とそこまでの方法論がミスマッチであれば、まぐれにでも成功することはない」ということです。

 

哲学的な自問自答は面倒くさいですが、「自分にとっての成功とは何か」をキチンと定義することが出発点であると言えます。

 

塾頭 九兵衛

 

 

 

 

令和の徳政令に向けて:金融庁・財務省・日銀は仕事をせよ

私塾「花草舎」塾頭の九兵衛です。

 

さて、コロナ禍で傷んだ国民経済を回復するためにはどうしたら良いか?野党が選挙のリップサービスで叫んでいるような一律十万円の給付金バラマキではありません。また岸田首相の曖昧な政策でもありません。

私が考える対策は3つあります。そのうちの一つを最初にここで紹介します。それは。

令和の徳政令」です。

 

概算数字だけ抑えておきましょう。

国債(国の借金):今年度新規発行24兆円、今までの累計残高1200兆円。色々な種類の中で多いのは10年国債ですので、ざっくり毎年120兆円返済するとゼロになります。決してゼロにはならないので、ほとんど借り換えですが。

銀行:資金量(資産)1300兆円、預金量902兆円、貸付金555兆円、貸倒引当金3.2兆円、不良債権7.9兆円。不良債権比率は都銀8.7%(2001年)→1.2%(2014年)、信金10.1%(2001年)→5.5%(2014年)と推移しています。13年で問題は解消、実質的には2005年にほぼ現状にまで解消しています。たった4年です。

さて、コロナ禍での借金は「コロナ融資は官民累計40兆円」と2020年9月に日経新聞が報じています。

このコロナ融資を徳政令で借金チャラにしたらどうなるでしょうか?バブル期の不良債権と比較してみると、当時不良債権処理による銀行の損失累計額は1992-2002年で94兆円でした。そして4年で解消しています

 

政令でコロナ融資の借金をチャラにしても問題ないんじゃないの?

これらの数字を見て思うのは私だけではないはずです。

 

「いやいや銀行の不良債権が増える」

「不公平が生じる」などなど

言い分はあるでしょう。しかし、銀行の不良債権は問題ではありません。不公平は一部の不動産バブルで遊んだ輩たちのために税金を投入した過去のバブル始末とは違い、疫病という不可抗力で損害を受けた被害者を救済するのですから、よほど公平感がありますよね。

 

なぜ不良債権が問題ではないのか?

それは日本だけではなく海外も同様の事態だからです。不良債権比率の規制はバーゼル委員会がBIS規制を決めています。90年代の高レバレッジファンドへの投資失敗を皮切りに一定の自己資本を義務付けている訳です。国際決済をする銀行(都銀)は8%以上の自己資本、つまりレバレッジは12.5倍までです。国際決済業務を担わない地銀などの国内銀行は4%で良いですよと。国際市場に影響を及ぼすことはないので。

このような考え方をベースに決めているのです。

基本的には厳格ですが、リーマン危機のように世界の銀行が損失で傷んだ時期は緩和してみんなで支えるような国際協力が行われています。リーマン危機は一部の銀行の大失敗で各国国民に非があるわけではないのにね。

 

さて、今回のコロナ禍は、①世界共通に傷んで、②国民の誰かに非があるわけではない、訳です。

 

表題の金融庁財務省・日銀は仕事をせよ、とはそういう意味です。

金融庁と日銀がG20金融部会でそれを提唱し、各国協調で徳政令をする、または徳政令を実施する国には時限的なBIS規制による自己資本ルールの緩和措置を銀行に提供する財務省は、それらの金勘定と財政のバランスの調整をバックアップする。

 

これが私の言うことの意味です。ではでは。

 

塾頭 九兵衛

 

 

 

 

 

 

 

 

佳子さま報道に見るマスコミのむごさ:誹謗中傷を資金援助する大企業にNoを

私塾「花草舎」塾頭の九兵衛です。

 

午前や昼のTV情報番組を見ていると「佳子様報道のむごさ」を感じて、好奇心よりも強烈な嫌悪感を覚えてしまいます

たぶん私だけがそう感じるのは確率的にあり得ないので多くの国民がそう感じているけれども声に出す術を知らないのでしょう。

 

複雑性PTSDであることが公表されてからは、過去のスキャンダル暴きの姿勢とは180度転換して好意的になったものの、その誹謗中傷の原因はマスコミの視聴率稼ぎ姿勢の被害者であることは国民が誰もが知っています

そしてその対象が今回は佳子様であったものの、芸能人や一般市民に至るまでマスコミのこの姿勢の被害者になった人々は大勢いるという事実を決して無視するべきではありません。

 

番組に投書するのも手でしょうが、あまり効果は期待できません。

もっとも効果的な方法は「スポンサーに対してクレームを入れること」です。

情報バラエティ番組は数多くあるのでここではリストしませんが、誹謗中傷の原因となるような報道の仕方など倫理観に欠けるような行為に対しては「なぜそんな番組にスポンサーするのだ?」と。企業の倫理姿勢に関わるからです。

企業が消費者の信頼を得られず、さらには不買運動にさえつながることもあります。

1970年代には永井豪ハレンチ学園という漫画には母親層の抗議が殺到し不買運動寸前に発展しました。

 

消費者や一般国民は声を出すことができます。品格のある国家、品格のある国家の国民として「出すべき声は出す」という姿勢でいたいものです。

 

塾頭 九兵衛

 

 

政治空白は悪ではない

私塾「花草舎」塾頭の九兵衛です。

 

私は今回の衆議院選挙に限って言えば「政治空白」を望んでいます。

「政治空白を起こさないために」与党がよく口にする常套文句です。特に麻生氏あたりが口にしそうな常套句です。麻生氏はご自分が偉いと思っている印象ですね。吉田茂の孫と言われれば「へえそうなのか」とは思いますが「それが何か?」という風にしか思いません。先祖を引合いに出すならば、私の初代は豊臣秀吉徳川家康に仕えた譜代です。でもそれが何かと自分でも思っています。また、私の叔父も参議院議員でしたし、後輩その他で知り合いの現職の衆議院議員も首相や大臣経験者を含めて6名います。また、すでになくなった野党系の政党の経済金融政策を起草したこともあります。

 

話を戻すと、「政治空白」というのは起こり得ない、ということです。

国会で議論し決定すること以外は省庁や自治体の業務が滞るわけではないからです。

一般の国民で困る政府支出は年金の支払いや健康保険や介護保険の支払いです。これらは、国会での議論が空転しようが関係ありません。なぜならば内閣が提出する予算案やそれを承認する国会での議決とは無関係なのですから。

一般会計106兆円のうち36兆円が社会保障費、16兆円が地方交付税、24兆円が国債費です。予算が期日までに成立しなかった場合でも、経常的な行政事務を止めないために暫定予算が組まれることになります。つまり7割強の76兆円は暫定予算の対象となります。これに加えて既存の防衛予算も対象になります。

暫定予算は昭和57年とか平成でもたしか事例があったはずです。

 

つまり、ストップするのは公共事業や新規事業などの支出だけです。

国民からみれば、ほとんどの行政機能が使えるわけで、予算案が紛糾しようが国民生活からすれば何も困らないといっても過言ではないでしょう。

 

コロナ禍が終息しつつあることは、大変喜ばしいですが、今回の1年10ヶ月でコロナ後の日本の産業や働き方、生活の安全の考え方など大きく変革を迫られたことは誰しもが感じていることです。

 

そんな中での国会は中傷合戦ではなく、国家百年の大計を見据えた議論をして欲しいものです。まかり間違っても、「政治空白になると大変だから」と詭弁を弄する政治家の口車に乗らないようにしましょうね。

 

政治空白は悪ではありません。むしろ本当の政治空白になるギリギリまで本気の議論をすべき時です。

 

塾頭 九兵衛